悲しい・切ない話

    577 :スカッとする修羅場まとめ 2015/12/26(土) 13:59:40 ID:Wkw
    幼稚園の時のこと
    クリスマスプレゼントに何をもらったか、一人ずつみんなの前で発表した
    ちょうどファミコンが流行っていたころで、男の子は「ゲーム」と答える子が多かったことを覚えている
    女の子はバービー人形とか、名前は忘れたけど当時人気だったミニチュアの動物の人形とか、やっぱり玩具系が多くて、他にはピアノとか、仔犬っていう子もいた
    私がその年にもらったのは、知らないアニメのキャラクターが付いたコップ(子どもが歯磨きとかに使うプラスチックのやつ)とハンカチ
    ちゃんと包装されてリボンも掛かっていて、朝、枕元で見つけた時は嬉しくて嬉しくて飛び上がって喜んだ
    けれど友だちが座席順に一人ずつ立ち上がって答えるのを聞いていたら、明らかに自分のプレゼントが他と比べて「見劣りする」というのが幼心に分かった
    自分の番が来て、私は小さな声で、なるべく早口で「コップとハンカチ」と呟いた
    「きこえなーい」と全く悪気のない声が飛んで、先生が「○○ちゃん、もう一回大きな声でお話しして」と言った
    早口で「コップとハンカチ」と繰り返すと、何人かが「なになに?」「コップとハンカチだってー」「えー」とすごく意外そうに話すのが聞こえた
    先生は一人ひとりに「どんなゲーム?」とか「それで誰と遊んだの?」とか聞いていたけれど、私には「よかったね」としか言わなかった

    当時は分からなかったけど、わが家はものすごく貧乏だった
    たぶん、親は旬の過ぎたキャラクターものが投げ売りされているのを買ったのだと思う
    自分はそんなこと考えもせず、プレゼントがもらえたことがひたすら嬉しくて、そのコップとハンカチをこの上なく素晴らしいものだと心から思っていた
    だから、友だちとの落差が悲しいというより、自分のプレゼントが友だちと比べてぱっとしない、恥ずかしいと感じてしまったことがすごくショックだった
    そして、うまく言えないのだけれど、自分が「友だちとの落差にショックを受けている」と思われるのがとても嫌だった
    この辺の感情を言語化できたのはもっと大きくなってからだ
    今でもクリスマスになるとふと思い出す

    512 :スカッとする修羅場まとめ 2017/05/26(金) 20:26:52 ID:hZG
    猫が泣いた姿を見た事。個人的には悲しい話なので注意。


    猫は、病気以外で涙を流す事は無いと思ってた。だけど、うちの猫は間違いなく泣いてたと思う事があった。

    以前家には2匹の猫が居て、物凄く仲良かった。先住猫が居た所に姉が仔猫を拾ってきて、喧嘩するかなあ…?と不安だったけど、
    先住猫は、それはそれは可愛がって、仔猫がウザがる程深い愛情を注いでいた『お兄ちゃん』だったので、見ているこっちも嬉しかった。
    だけどある日お兄ちゃんが急シしてしまった。本当に急で、朝起きたら眠るように逝ってしまってて、私達もかなりの衝撃を受けた。

    今なら酷い事したなと後悔してるんだけど、その時に『やっぱり所詮は猫だから』と猫の感情を甘く見てて、弟猫のフォローなんて考えもせず過ごしていたら、段々、仔猫の様子がおかしくなっていった。
    居なくなって3日位かな。「ぎえ~」「ぎえ~」と元からの超きったない声で家を歩きまわる様になった。注意して見る様になったら、兄猫がよく居た場所で騒ぎ続けてるんだよね。
    もう悲しがっている様にしか見えなくて、そこで姉がお兄ちゃんに会わせてあげようと本当に親切心で兄猫の動画を見せてしまった。

    そしたらもう可哀想な事になってしまった。
    『ぎ…』
    『ぎぇ…』
    『…………………』
    『ぎえぇぇ~~~~!!』
    と鳴いて力一杯しがみ付いて、『ぎえ~~!』と鳴き続け、顔を見たら薄っすら涙が浮かんでた。
    人間の子供が号泣してる姿と変わりなくて、猫の感情の在り方やこうやって猫は「泣く」んだと衝撃を受けた。

    それを見てこれはイカンと思ったらしい姉。
    またも親切心で翌日兄猫に似た模様の更に小さい仔猫を愛護団体から引き取ってきて、
    弟猫に見せたらしい。

    私が学校から帰ってきたら、
    一緒に抱き合って寝てた上、夜は一緒に遊んでた。

    …悲しみからの切り替えが物凄く早いのも衝撃だった。

    618 :スカッとする修羅場まとめ 2017/06/02(金) 19:49:36 ID:wlH
    パート先の常連に度々チャッカマンを買うお婆さんがいた
    仏壇にあげる線香に毎日使うからすぐ無くなっちゃうのと言っていた
    面倒だけど忘れたりしたらあの人すぐ拗ねちゃうからねと朗らかに笑っていた

    ライターで遊んでいた少年が火事で亡くなった
    その子の両親の尽力で法律が改正されてライター類にはCR(チャイルドレジスタンス)機構が義務付けられた

    何度も以前のようなチャッカマンは無いかと聞かれた
    自分のような年寄りの握力ではCRチャッカマンはとても使えないと
    持病があってマッチは使わせて貰えないし、毎朝忙しいお嫁さんを線香の為に呼び付けるのは心苦しいからと
    でもその時は日本中のチャッカマンが固かった

    お婆さんの姿をあまり見かけなくなってからお嫁さんの方が店に来た
    線香は毎朝お嫁さんがあげるようになって、お婆さんは仏壇の前に居る時間が長くなった
    何時間も「線香一本あげられなくてごめんなさい」と呟いては仏壇に頭を下げて過ごす
    めっきり出歩くことが減り、食事も残しがちになって明らかに痩せてきているのだという
    万が一在庫があったらと言われたけれど問屋にだって残ってはいなかった

    その後お婆さんは数回店にやって来た
    老人が痩せるということは若者のそれとは大分違う
    皮の下の内臓と骨が剥き出しに近づいていくと、ほんの数ヶ月で一気に幽鬼じみた姿になる
    その日も以前のチャッカマンはありませんかと尋ねられたが答えは変わらない
    帰り際に彼女は「どこかの馬鹿なガキのせいで……!」と何度も繰り返し呟いた
    怒りと悲哀に歪められた老婆の表情
    朗らかに笑っていた頃を知る人間の誰一人想像し得なかったろう情景が最期の姿になった

    チャッカマンともしびを手に取る度に思い出す

    374 :スカッとする修羅場まとめ 2014/01/14(火) 03:32:47 ID:1HP80sYm
    対した修羅場ではないけど。
    私が小学3年生の頃、郡の展覧会に出す習字の作品を作るため居残りしていた。
    思いの外夢中になっていて帰る頃には薄暗くなっていた。同じ方向に帰る友達も残っておらず、一人通学路を歩いていると冬場ということもあって、あっという間に真っ暗になってしまった。
    それまでそんな遅い時間に帰宅することはなく、田舎だったため人通りもない、集落と集落の間はポツポツしか街灯のない状態。
    怖いけど携帯なんかない時代だし誰も助けてくれないのでビクビクしながらそれでも歩いた。
    遠くまで見渡せる場所に差し掛かったとき、100メートルほど先に近所の3学年上のお姉さん(Aとする)が友達と帰っているのが見える。
    走っていって合流させてもらおうかと思ったが、小学時代の3学年差は結構な差で、Aはまだしも顔を知ってるだけのその友達が怖くてどうしても出来なかった。
    私の集落は学校から一番遠くて3キロほどあったし、確かその友達はこのすぐ先の集落の人だって知ってたから二人が別れたら走っていってAと一緒に帰ってもらおうと決めていた。
    そして友達とやっと別れるかどうかという場所まできた!
    やっと恐怖から解放される!そう思った瞬間…
    二人のそばに停まる車。Aのお母さんと思われるその車に乗り込む二人。私は呆然、車が走り去るまで一瞬の出来事でした…。
    何で早く一緒に帰ってもらわなかったんだ、せめて近くにいておけば、そもそも何でこんな遅くに帰ったんだetc色んな後悔が押し寄せるなか半泣きで歩いた時の心の中が修羅場だった。
    結局そこから1キロほど歩いた場所で帰りが遅いのを心配した母が車で迎えに来てくれて助かりました。

    83 :スカッとする修羅場まとめ 2014/09/06(土) 12:03:28 ID:C1nVYVQT.net
    ステーキガストに行ったとき、3歳前の子供にハンバーグのお子様ランチを
    頼もうとしたら、店員に「お子様はサラダバーが無料ですから、お料理
    頼まなくても大丈夫ですよ」と力説されて注文を受け入れてもらえなかった。
    息子ハンバーグ大好きで、大人から取り分けると半分以上取られて
    大人が物足りなくなるから、普通に頼もうとしたのに…。
    そういうセコケチ客が多いんだろうなと思って、それから二度と行ってない。

    317 :スカッとする修羅場まとめ 2009/09/14(月) 08:15:39 ID:EtEBwyqu0
    80才でしんだとしよう
    75歳まで世界中を旅行し、金目当ての取り巻き連中と毎晩パーティー
    大笑いしながらすべての贅沢を味わった後、75歳で破産・泣きながら孤独タヒした人と

    75歳まで借金・暴力・貧乏・苦労の日々、肉体的苦労・精神的苦労を味わったが
    5年間は成功した息子夫婦・娘夫婦の子供孫に囲まれて笑いながら
    タヒぬのと

    どちらが本当に幸せなんだろ?

    77 :スカッとする修羅場まとめ 2014/05/20(火) 22:25:19 .net
    勤めていた工作機器メーカーが、大口取引先である自動車メーカーから
    取引停止を宣告されたことを受け、売り上げが激減。
    真っ先にリストラの槍玉に挙げられクビを切られるまでは、
    ごく平凡なサラリーマン家庭だった。
    35歳のときに5000万円弱で買った「我が家(郊外の3LDKのマンション)」
    に帰ると、高校生の長男と中学生の長女の「おかえり!」の声が聞こえてくる。
    台所からは妻の声が聞こえる。
    妻とは職場恋愛だった。
    20代後半で転勤が決定したのをきっかけに結婚し、
    妻は長男を出産すると会社を辞めた。
    年に1回は家族で温泉や海水浴に行く。
    定年退職した後は、愛車『プリウス』で妻と二人で日本全国を旅するのが夢だ。
    なんら不自由のない幸せな生活---それがリストラ退職によって暗転した。

    なんとかなるだろうと思っていた再就職はうまくいかない。
    それでも割増退職金があったし、貯金もある。
    生活はなんとかなると思っていたが、妻は「耐えられない」
    「将来が不安だ」と言い出し、離婚を迫ってきた。
    話し合いを重ねても、妻の気持ちは変わらず、結局離婚が成立。
    マンションから追い出され、資産も根こそぎ持っていかれた。
    その日以来、子供とも会えていない。

    いまは都内のワンルームアパートで一人暮らしだ。
    派遣労働で生活は苦しく、1日1食、牛丼で済ます日もある。
    会社員時代の知人はクモの子を散らすように離れていったから、
    心を許して話せる相手もいない。
    まさか自分が50歳を超えて、こんな生活に陥るとは。
    狭い部屋で一人、昔の家族写真を見返すと、涙が止まらない---。

    963 :スカッとする修羅場まとめ 2016/02/27(土) 23:01:13 ID:28rX2FmZ.net
    26歳で乳がんで全摘になった。
    片胸になったけど胸より命の方が大事だから仕方ないとしか思わなかった。
    術後の病理結果で千人に一人いるかいないかの珍しいタイプのガンだったと分かり、
    こんな数パーセントに入るならと宝くじを買ったらマンション買えるくらいの金額が当たった。
    わーラッキーくらいにしか思わなかった。
    よく考えたら20代独身で片胸ってすごい悲しいはずなのに、大金入ったらかなり嬉しいはずなのに、
    さほど感情が動いてないと気付いた時が修羅場。
    ガンと一緒に感情も切除されてしまったのか?

    880 :スカッとする修羅場まとめ 2016/01/13(水) 13:40:53 ID:QXg
    皆さんの話ほど大した内容じゃないけど、最近夢に見ることが多いので吐き出し。
    中学からの付き合いで、仲の良い5人グループに属してた。
    中学から大学まで学校は同じだったけど、学内でベッタリした付き合いはなく、高校の卒業旅行をきっかけに大学4年間、年1回の旅行に行ったり、夏休みや年末年始に集まってお茶をするような仲だった。
    就職で関西と関東に分かれたけど、なんとか時間を合わせて旅行にも行ったし、帰省時には日にちを合わせて会っていた。

    現在、そのグループから私1人が抜けた形で友やめした。

    きっかけがどこだったのかは、上手く言えない。
    年齢が25前後になったころ、5人中3人が当時の彼氏と結婚を考え出し、もう1人は結婚は考えていないものの彼氏と付き合いたてでウハウハだった。
    グループの集まりが5人だけのものでなく、それぞれのパートナーを含めた集まりになっていった。
    お互いの彼氏同士を会わせたり、彼氏を含めた3組6人で旅行に行ったりもしていた。

    しかし、お察しの通り、当時私は彼氏が居なかった。
    それどころか、彼女がいる人といわゆる…というような関係だった。
    仕事も3年目を過ぎ、公私共に5年後、10年後が見えない自分に焦っていたのもあると思う。
    今思うと心が狭かったなと思うけど、5人で集まっても、彼氏や結婚の話ばかりな状況に、居心地の悪さを感じていた。
    彼女たちの発言や態度の裏に「まだそんな恋愛してるの?」という、見下しにも似た感情を感じるようになっていった。たぶん被害妄想だけど。

    一旦切ります。

    704 :スカッとする修羅場まとめ 2018/04/22(日) 03:26:00 ID:lXOZwYGP.net
    修羅場っていうほど大きな出来事があったわけではない上に無駄に長いです。
    上手くまとめられずすみません。

    私にはひとまわり以上年の離れた兄がいた。兄がまだ学生の頃両親がなくなり、兄は大学を辞め働いて私を養ってくれた。
    私が高校生になった頃、兄に彼女が出来た。
    兄と私は祖父の代からの持ち家に住んでいたがしばらくして彼女も一緒に住むようになった。
    3人暮らしが始まって少し経ち、私は兄の強い希望と小さい頃からの夢もあって大学に進学した。結婚の話も出ていた2人にいつまでも頼るのは申し訳ないのでひとり暮らしがしたいと言ったが兄はそれを許さなかった。
    彼女は特に何も言わなかったが、私が入った学部は4年ではなく6年学ばなければならないことを知ると、だんだんと私への当たりが強くなった。

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