交通事故

    378 :スカッとする修羅場まとめ 2019/08/29(木) 16:49:13 ID:j5S
    中学に入って直ぐに両親が離婚したんだけど、母親が浮気して出ていって私は父親と二人暮らしになった。
    父は転職を考えてもいたようだけど、私ももう中学だし部活してたから帰ってくるのはどうせ7時ぐらいだし、大丈夫だよって言ってまぁどうにかやってた。
    父親が帰宅するのは早くても8時で遅いと10時過ぎることもあって、冷凍保存できるおかずセットみたいなのをいつも冷凍庫に入れてあって
    それをチンして食べたり、自分でコンビニ弁当買って帰ったりしてた。時々叔母さん(父方の)が来て色々やってくれたりしたし。
    父は父で適当にやってて、休日ぐらいは気が向いた方が何か作ったり外食したりして、私が作るのはもっぱらカレーか野菜炒めだったけどそれはそれで何の不満もなかった。
    私としては母親には失望と軽蔑しかなかったし、父は忙しい中でちゃんと頑張ってくれるのが伝わっていたから。
    けど父の方はそうじゃなかったみたいで、なんか職場のおばさんに「女の子は思春期になると女同士じゃないと話せないことがあるから」とか言われて気にしてたそうで、
    ある日突然再婚を考えてるって言われたのね。
    私の方はその時は父のそんな気持ちを知らないから、やっぱり奥さんがいないと寂しいのかなーとか思って「お父さんがいいならいいよ」みたいに返事をした。

    460 :スカッとする修羅場まとめ 2012/03/17(土) 15:47:13 0
    夫が事故でタヒんだ
    勤務中に交通事故の被害者になった
    都内、家賃補助無しで賃貸、保育園激戦区で入れない上夫激務の為妻専業、私立幼稚園しかないから私立一択
    そんな環境下で年収4XX万円台の四人暮らしは厳しかったが
    夫婦仲も良く、子供達はパパ大好きで幸せって言える家庭だった
    お互いの親とも付かず離れず、上手く付き合えていた
    それが夫の突然のタヒにより一変

    幼児と専業の妻あり、二十代の大黒柱、という事で賠償金その他は高額の請求
    勤務中と言うことで労災認定、そして未成年の子供らが居るから遺族年金も支給
    それらとは別に生命保険、個人年金、学資保険もあった
    夫の母がやんわりと相続や私達母子のこれからについて口を挟んできたが、折々の契約時やライフプランの話し合いで意思確認をしあってきたのでそれに沿う予定で
    遺言とまではいかないが、お互いに自分の身体の自由がきかなくなったりタヒ去した後、どうしてほしいかのような希望を書いた物を作っていたのでそれを義父母に見せた上
    夫の遺骨の管理や子供達の養育と相続も法定通り、事故の慰謝料に関しては基準額にそって義父母に渡す方針だと説明したら義母が暴走した

    170 :スカッとする修羅場まとめ 2013/10/07(月) 18:05:47 ID:eOMVx6Pi
    今から15年ほど前で私が小学生の頃の話。
    ある休日のお昼過ぎ、父から父の祖母(私の曾祖母)が入院している病院にお見舞いに行くが一緒に行くか?
    と誘われた。
    当時その頃では珍しく100歳を超えていた曾祖母は、数ヶ月前から病院に入院しており、
    病院は家の近くでもあった病院によく通っていた。特に、父は田舎の長男で曾祖母家とは別居状態だったが、
    看病はほぼ母が引き受けていた。
    その日の前日も確か母は病院へ洗濯物とりに行ったばかりだったので、誘いを断った。私も母が行かないならと、
    その日はお見舞いに行かなかった。

    結局父は一人で病院に行くことになり車で家を出た。

    それから少し経って、公衆電話から電話が鳴り、父が交通事故に遭ったとのことだった。

    幸い父は軽傷で済み、自分で公衆電話から電話をかけてきたのだが、母は慌てて事故現場(近所)へ走って行った。
    私は家で待ってなさいと言われ後から聞いた話だが、父は既に青信号の状態だった交差点を直進中、
    右からたまたま女性.の脇見運転信号無視と左からたまたま男性.の脇見運転信号無視の車の板挟みに遭ったと言うことだった。
    そんなに小さくも大きくもない交差点だが、普通に信号もあり横断歩道もあるような交差点で偶然両サイドから
    信号無視の車が突っ込んでくるなんてあり得ないと警察も父の信号無視を疑ったようだが、幸い目撃者が証言してくれたり
    当事者も信号無視を認めたため父は悪くないと言うことになった。
    買って数年しか経っていない車が全壊してしまったが、私の固定座席であった助手席の後ろが一番ぐちゃぐちゃだったこともあり、
    あの時一緒に病院へ行かなくて良かったと母はほっとしたようだった。

    事故処理等でくたくたになった両親が家帰って来たのは夕方だった。
    事故云々で曾祖母のお見舞いには結局行けず、疲れたね~夜ご飯は食べにでも行こうか、お見舞いはまぁまた明日にでも・・・
    とほっと一息ついたのもつかの間。


    今度は病院からの電話。


    つづく

    295 :スカッとする修羅場まとめ 2016/04/21(木) 08:58:46 ID:sSa
    未だに思い出すとクスッとなるけど、そのあと涙が出そうになること。

    元義母からある日突然電話があった。
    「私ちゃん!怖いの!お願い!すぐ来て!怖いのおおおおおお!」
    お久しぶり的な挨拶も何もなく、電話が繋がるなりそう叫ばれた。
    元義母、というのはその前年に夫が急タヒしたから。(以下、義母と書きます)
    あんなに元気だったのに交通事故でアッと言う間だった。
    本当にアッと言う間。
    ちょうど100日法要を終えたばかりの頃で、
    私もまだ気持ちの整理が付いていなかった。
    でも日常はどんどん日を重ねて行くし、娘の受験もあるし
    今後の生活を考えて行かなきゃいけないしで
    いつまでも泣いていられない。
    義母は同じ市内に住んでて、関係は割と良かったけど
    その頃はじっくり話をする時間もなく、あっても法要の打ち合わせぐらい。
    それが突然そんな電話がかかってきたから
    何事だ!?と思って娘と共に元義実家に行った。
    ちなみに義母は一人暮らしだった。
    行ってみたら、義母が1枚の手紙を差し出した。
    タヒんだはずの息子から手紙が届いた。
    誰かのイタズラなのか幽霊なのか、怖くて読めないと。
    宛名の字は間違いなく夫の字。
    義母に代わって恐る恐る中を確認した。
    それはタイムカプセル郵便と言うものだった。
    私はそんなものがあると知らなかったが
    手紙の冒頭に書かれていた説明によると
    当時夫は東京出張の折に同僚に海ほたるに連れて行って貰ったらしい。
    そう言えばそんな話を聞いたのを思い出した。
    その海ほたるに“タイムカプセルポスト”と言うものがあり
    一年後に大切な人に届けてくれるシステムだと言う。
    その後には母親の体調を心配する優しい言葉が続いていた。
    簡単に事情を説明して、その後は自分で読んでくださいと渡したら
    涙をポロポロこぼしながら読んでいて、私も娘も貰い泣き。
    解決して自宅に戻ると私と娘にも届いていた。
    再び泣いた。
    時々その事を思い出すんだが、義母の怯えた電話のインパクトが強すぎて
    クスッとなってしまうw
    今、その義母と娘と3人で暮らしている。

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