スカッとする修羅場まとめ

2chの生活板全般、カテゴリ雑談板のスレをまとめたサイトです。 鬼女、キチママ、修羅場、復讐、DQN返し、衝撃系スレがメインです。

    暴力

    引用元:http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1410252925/
    637 :スカッとする修羅場まとめ 2014/10/17(金) 14:16:43 ID:TJD7HA6i5
    俺の母ちゃん、本当の母ちゃんじゃなかったって話。

    友達と海外旅行に行く事になって
    初めてパスポートとるって事になった。
    母ちゃんにその事を伝えたら何か歯切れが悪かった。
    俺は気にせず申請の準備をしていたら
    ある日の夜、父ちゃん母ちゃんに居間に呼ばれた。
    戸籍取ると思うんだけど、って話始めたとうちゃん。
    母ちゃんは父ちゃんの横で俯いてた。

    引用元:http://awabi.open2ch.net/test/read.cgi/live/1369038837/
           絶望的です, 悲しい, 押し下げられました, 泣く, 損失, 懸念

    167 :スカッとする修羅場まとめ 2015/12/01(火) 18:32:07 ID:XXM
    兄が因果応報かな

    すごくデキた兄でさ
    勉強はもちろん、スポーツも水泳以外万能、顔もよかった
    しかもさわやかで優しい性格で、女子からも一部だがモテた
    彼女をとっかえひっかえ…ということもなく、何人か変遷はあったが二股もない、誠実な付き合い
    兄は小さい私の面倒もずっと見てきた
    親にとっても兄は自慢の息子だった
    すごく期待してて、親は大学も最高学府が当然と思ってたし、将来は政治家か実業家か…と

    でも兄は裏の顔があった
    周囲の期待のストレスなのかな、今思えば
    妹の私を虐待しまくった
    拷問に近い
    痕がのこらないように、私に"痛み"を与える
    それが兄のストレス解消法だったんだね

    性的な虐待とかは無かった
    というか性慾あるかどうか疑問な雰囲気の兄だった
    痛みに対する反応だけが喜びだったような感じ、想像だけど
    私が痛みを堪えると余計に酷い目にあった
    かといって大げさに痛みを演じると、「ふざけるな」と怒鳴られて長引いた
    この痛みの虐待は6年くらい続いたかな

    でも兄が高3の夏、事故でタヒんだ
    皆はなんであんないい子がと惜しんだよ
    親は茫然自失

    でもたった数年で親はもうケ□リとしてる
    最初から居ないみたいな態度で、墓参りも私が言わないと絶対に行こうとしない
    それどころか全く関心がなかった私のことを唯一の子供であるように接してきてる
    葬儀で大泣きした兄の彼女は一周忌にすら来なかった
    兄のことを嫌ってた数少ない私の幼馴染は、「ペラッペラな人だった、うそ臭くて」と言った
    不思議とそんな幼馴染や虐待されてた私の方が、むしろ兄の話題を出すことが多かった
    でも、裏の顔を知ってるのは私だけ
    だから私だけが本当の兄を覚えてるみたいな錯覚に襲われる

    そういう私も、最近優しい彼氏が出来て兄のことはほとんど思い出さなくなってきた
    件の幼馴染も遠くの大学に進学してしまった
    プロポーズもされて家を出るつもりだけど、兄の事を忘れるだろうって予感をはっきりと感じてる

    若くしてタヒんだ事が、じゃない
    あれだけデキた兄がこんな風になにも遺さず消えていく
    それが、私を虐待してたことじゃなく、私以外の誰にも本当の顔を見せなかったことに対する因果応報だと思ってる

    136 :スカッとする修羅場まとめ 2014/03/23(日) 17:38:25 ID:vpTpOiHr8
    㬥カを封じるにはより大きな力で押さえつけるしかない。
    昔、それを目の当たりにしたのが第一の修羅場。

    母を何かにつけ毆っていた父親が、小学生の自分と妹に㬥カの矛先を向けたとき
    初めて母がぶちきれ、数十秒で父が立ち上がれなくなるほど
    父をボコボコに毆りつけた。
    (そのとき初めて、父より母のほうが体格がいいことに気がついたww)

    祖母が救急車呼んで、父はしばらく入院してたが
    父の入院中、うちにお巡りさんが来て
    「母ちゃん連れてかれちゃうんだろうか」
    と玄関の隣の台所でびびってた時が、第二の修羅場。

    「なんとかなんとか、ですよね?」とひとことだけ言った母に
    「…確かにそうです。おじゃましました」と
    お巡りさんが頭下げてあっさり帰っていったのを覚えている。
    なんとか、の部分は忘れた。というか、
    当時は母がなんと言ったのか、わからなかった。
    今考えると「警察は民事不介入ですよね」とでも言っていたのかな?

    それ以来、父は家の中で家族の顔色見ながら今でもびくびく暮らしてる。
    普段は母が父を立てているが、父が調子に乗ってると判断すると
    母は真顔で父をじっと見る。父びびって黙り込む。

    母が父に㬥カを振るったのは、あのときが最初で最後。
    自分も妹も、これからは自分たちも母を父から守らなければ!
    と思い込み、武道を習って段位を取ったけど、
    今んとこは役に立てていない。段位より母の一瞥のほうが強い。

    あのときの母ぐらい強い女でなければ
    夫のDⅤ癖を矯正することは不可能なんじゃないか、と今でも思う。

    469 :スカッとする修羅場まとめ 2014/06/30(月) 20:30:41 ID:5jsuP3oNG
    教員になるという夢をめためたに破壊された修羅場。

    中学生の時、国語の授業で意見文を書くというのがあった。教員側が課題として提示したのは「少年法について自分の意見を述べよ」というもの。
    私は、少年というだけで「子供だから更正の余地あり。皆で温かく見守りましょう。」みたいに擁護されるのはおかしいし、被害者サイドに「寛大な心で許せ」と我慢を強いる風潮も理解できない。
    だから、杀殳人などの重大な犯罪犯した少年に対して少年法を適用することには反対、みたいなことを書いて提出。

    翌日の授業は、初っぱなから教員がブチギレ状態。少年法に対して否定的な意見を書いた生徒だけ起立させられ説教された。
    それに対し解せぬと思った私は、フレンドリーな校長先生にこっそり相談。校長先生から注意を受けた教員が、今度は誰が密告したのか犯人探しを始めた。

    教員はクラスの生徒一人ひとりにネチネチと絡み、中には泣き出してしまう子もいた。
    流石に居たたまれなくなった私は、自分が密告しましたと名乗りを挙げた。そしたら思いっきりビンタされ、怒鳴りあげられた。
    すぐに異常に気付いた用務員のおじさんのお蔭で、事が大々的に露見した教員は教職を去ることになった。
    私は一連の出来事によるショックから、一時教員全員が信用できない人間に思えて仕方なかった。
    フレンドリーな校長先生や他のまともな先生のフォローがなかったら、それこそ道を踏み外して少年法のお世話になっていたかも知れない。

    28 :スカッとする修羅場まとめ 2013/10/11(金) 14:17:25 0
    「嫁をしつける」という理由で気に入らないとひっぱたいてくるトメを
    「ボケてもいないのにいい歳こいて気に入らないからと他人様を叩く
    どうかしてるトメをしつける」とひっぱたき返したのはDQNでいい?

    孫梅なんかはまだ分かるけど料理してるとたとえ包丁を使ってても
    何か気に入らないと「それは違うでしょっ」と肩をバチン、
    洗濯物を畳んでると「あーあー違うじゃない」と座ってる私の肩を押して退けようとしてくる
    階段の上でわざともみ合いに持ち込もうとしてきた事もあった
    (はっきり言って二時間ドラマの見過ぎ)

    トメがメシウマなら私だって謝るけどあんたメシマズなんだよ!
    酒蒸ししたら目分量で酒入れすぎてタヒぬほど酒臭いあさりになったり
    (トメの酒蒸し=鍋に酒をひたひたに入れて煮る料理、だから酒の消費量が半端ない)
    油の温度が低いうちから揚げ物するからベッチャベチャのエビフライになったり
    レシピがあっても大さじがないからってカレースプーンやティースプーンで代用するから
    量合ってるつもりでもめちゃくちゃな味付けだし
    みりんを計ろうとスプーンに注いだら勢いが良すぎて
    溢れて鍋にだいぶ入ったのにその分は無かったことにしてるし
    これか伝統なのよフフン、と言われてもああそうですかとしか思えないよ

    そのくせ他人様には「うちの嫁とは何でも言い合える仲良しなのよ」などとほざいてるし
    なので何でも言い合えるフランクな仲になってやろうと思い行動開始した

    285 :スカッとする修羅場まとめ 2014/11/01(土) 16:43:38 0.net
    長年の修羅場をまとめた修羅場でもいいかな。長いです。

    俺が小学2年の頃、母が浮氣した
    俺と双子の妹(以下N)、2つ下の妹(以下Y)と俺、父に呼ばれリビングへ
    泣いている母、泣き出す父、訳分かんなくて泣き出す俺ら

    父の話をまとめると
    母が浮氣したからもう一緒に住めない。浮氣相手と他県に住む。
    子供は作らん。俺らに対してもう愛情はない。俺らは捨てられるんだ。って感じ
    それ聞かされてる途中で、多分俺だけ涙は止まってたし急激に冷めてた
    妹たちを守ってかなきゃいけないんだなって、すげー冷静だった

    母が出ていくまで毎晩夫婦喧嘩。父も頭おかしくなって泣きながら
    「お酒いっぱい飲んだらタヒねるんやからなー!」って冷蔵庫まで行くけど
    妹たちが泣いて止めてた。それが頻繁に。今思えばカオス
    その後母が家を出て、落ち着くかと思ったら違った
    父はますます荒れて、俺ら子供に対して虐侍。父方の祖母が飯作りに来てたけど傍観者
    口答えなんか一切できなかったし逃げる術もなかったもんで、ひたすら耐えた

    何回か切るね

    311 :スカッとする修羅場まとめ 2018/01/29(月) 11:04:31 ID:pukg6+EW.net
    幼馴染A。「小6の息子がインフルなんだけど、仕事を休めない。上の子は家に寝かしとくから大丈夫なんだけど、3歳の下の子が登園禁止だからそっちの家で預かって欲しい」と。

    Aの上の息子はすぐに手が出る子で、うちの娘をボコボコにする事が多々あった。Aは「男の子だから仕方ないでしょ?嫌ならウチの子に近付かなければいい」と言ってきた。A旦那も「逆に健全な証拠です」と。

    それから言われた通りにA一家には近付かなかった。全く関わり合いをもたずに、もう2年くらい経つ。

    もちろん託児は断ったんだけど、
    「困った時はお互い様でしょ!よくそんな酷いこと言えるね!いつまでも昔の事を根に持つなんて、どうかしてるわ!」と言われた。

    結局諦めて帰って行ったんだけど、すっごく気が重い。私もAが近所にまた越して来て嬉しかったんだ。良い家族ぐるみでの付き合いが出来るかとも思ってたよ。何でこうなるかなあ。

    125 :スカッとする修羅場まとめ 2018/09/28(金) 17:30:34 0.net
    学年がふたつ上の兄と私の二人兄妹で育ったのだが、兄が中学に入って反抗期の矛先が全て私に向いたのがかなりの修羅場だった。

    それまでは喧嘩もしたけど一緒に遊んだりとそれなりの関係だったんだけど、兄が中学生になると日々のイライラを私への㬥カで発散するようになった。
    本当に小さなことにいらついて毆る蹴るが始まって、私も気が強いから最初は抵抗したけど力も違うし向こうは容赦無いしでそのうち無抵抗で嵐がすぎるのを待つことしかしなくなった。
    頭を踏みつけられたりベルトをムチのようにして叩かれたりいろいろやられたのはよく覚えてる。
    親にも言ったけど兄は親の前ではすごくいい子だったしもともと喧嘩も多かったからいつものこととして私の訴えは両親にあまり届いていなかったと思う。でもその頃は本当に近づくだけで怖かった。

    成長して㬥カもなくなって、しばらくはぎこちなかったけど今はもう普通に付き合える関係に戻ってる。あの頃は本当に申し訳なかったとたまに兄にも言われるし今となっては完全に笑い話になってるけど、まだ心のどこかでは少し兄に対する恐怖心があるような気がする。

    兄が結婚することになったのでなんとなく吐き出したくなった。

    455 :スカッとする修羅場まとめ 2012/07/10(火) 02:43:45 ID:63Ewwyx2
    良くあるモンペとキチガイ子供の話なんだけど自分には衝撃的だった体験。
    私は小型犬をかってて愛犬と散歩するのが趣味。普段は人の少ない早朝にゆっくり散歩するんだけど、
    平日私が仕事休みの時はドッグランのある公園に昼間行ったりもする。
    愛犬はちょっと臆病な子なので、人や犬がたくさんいる代々木公園みたいなとこじゃなくマイナーな公園を見つけたのね。
    平日昼間だとドッグランに犬もいないし、人もほとんどいないみたいな公園なんです。これが前置き。
    いつものように公園内はキャリーに入れて、てこてこドッグランに向かった。予想通り誰もいなくて貸し切り状態。続きます

    341 :スカッとする修羅場まとめ 2013/04/04(木) 15:24:20 ID:1pzhuL8h
    二年前、兄の縁談をわざと破談にさせた。
    婚約者と二人になった時、兄がいかに暴力的で利己的なクズかをとうとうと語ってやった。
    多少盛ったことは否めないけど、全て事実だからバレても文句言われる筋合いは無い。


    人の心を疎かにした罰だ。
    軽んじてきたものの重さに気付かないまま潰されてしまえ。

    このページのトップヘ