スカッとする修羅場まとめ

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    壮絶


    983 :スカッとする修羅場まとめ 2014/09/09(火) 13:20:39 ID:sBnbf6wf6
    俺は姉が二人いるが、下の姉と仲がいい。
    姉は結婚してからも実家と同じ市内に住んでいるので週末なんかはよくうちに来てたし
    子供たちも俺を「あんちゃん」と呼んでなついている。
    ある日、母が上の姉と海外旅行に出かけた。二週間いないので、週末は下の姉の家に飯食いに行った。
    高校生の次男、それに小学生の三男と昼飯食ってたら、誰か来た。
    姉の家はリビングから門塀が丸見えなので、誰か来るとインターフォンの画面見なくてもすぐわかる。
    若い女とその母親くらいの女忄生で、大きな荷物を抱えている。
    インターフォンに姉が出て、「え、A先生?中学の?」と話していた。
    甥たちを見ると、次男が挙動不審。こいつ何かしでかしたなと、すぐわかった。
    姉も来客も玄関に向かい、来客は玄関内に入ると何か大声で叫んでる。
    責任が、とか無責任とか、責任取りなさい、とか、そんな感じ。
    なんか割れる音がしたので慌てて玄関へ行くと、鬼のような形相の50代くらいの女忄生が俺を見て
    「あんたね!!どう責任取るの!!」と土足で玄関を上がってきて、俺に詰め寄った。
    姉も責めるような目つきで俺を見てる…。
    なんだかよくわからないまま、女忄生が突き出した包を見たら、中身は、赤ちゃんだった…。
    あれだな、赤ん坊も辺りの雰囲気を察したらしく、ものすごく不機嫌な顔をして、ぎゅっと口を結んでた。
    ドラマとかだと、赤ん坊ってこういう時は泣き叫ぶのかと思ったけど、結局この子は一度も泣かなかった。
    で、その赤ん坊の顔を見た時、俺には全貌がうっすらと分かった。
    赤ん坊、俺にそっくりだった。俺と言うよりは、俺とそっくりな次男の赤ん坊時代そっくり。
    だから姉も俺を睨んでたわけ。
    その時初めて、若い女の方を見た。まだ20代前半くらいの、中肉中背のわりときれいな女忄生だった。
    もろん初対面。向こうも俺を見て、「誰?」って顔してた。
    そこに休日出勤していた義兄が帰宅して、来客たちを家にあげてリビングに通した。
    俺は次男の様子をじっと見ていた。明らかな挙動不審…間違いねぇ…www 


    182 :スカッとする修羅場まとめ 2013/05/26(日) 12:21:56 0
    どうぞと言ってもらったので書く!

    ①書くの初めてなんでわかりにくかったらごめん
    登場人物 私:書いてる人 母:私の母 失踪した 父:私の父 だらしない人 祖母:私の祖母 金の亡者 祖父:空気 伯母:父の姉 優しいけど金の亡者 
    従姉・従兄:伯母の娘と息子 旧帝大のエリート 兄:私の兄 故人

    人生最初の修羅場は兄が自杀殳したとき。頭のよかった兄がタヒんでバカの妹が残ったと言われ、兄に向いていた期待や重圧が私に一気に来た。

    第2の修羅場は中学一年のとき。
    小学生のときお兄ちゃんが亡くなってからもともと悪かった両親の夫婦仲が一層悪化した。(母が父を嫌ってた)
    でも私いるから母が我慢してくれてた。夫婦仲だけでなく嫁姑関係も悪かった。ウトは空気。
    ある日父が200万くらい借金してることが判明し、母がどうしようもなくなって姑に相談したところ「本当は嫁さんの借金じゃないの?父がそんなことするわけないじゃないの」
    と言い放ち、母は信じてもらえないなら離婚と言ったが、姑「嫁さんの気持ちなんてどうでもいいのよ。世間様に恥ずかしくないようにしてくれればそれでいいの」と言い母は泣いた。
    それから二日後くらいに母は失踪した。父は母実家に行くも今までの行い(仕事ばっか、家ではゲーム・ゴルフ、浮氣などなど)を説教され、行方なんかしらん!と追い返された。



    549 :スカッとする修羅場まとめ 2015/03/29(日) 23:20:53 ID:Zbl
    すごく長い。ごめんなさい。

    母親が私を産むとき、タバコをやめれなくて未熟児で生まれたこと。
    それから母親は仕事ばっかりで弟が産まれ、弟が喘息になり年に6回ほぼ毎日病院につきっきりで放置されてたこと。
    その間母方の祖母が面倒を見てくれていたが小2のときに医者のミスで亡くなった。
    もともと心臓病の家系で祖母も母も心臓病だった。それで祖母は入退院を繰り返していたけど、ある日から毎日吐いて暮らしてた。
    吐血して病院に行っても心臓が悪いと判断されたが実際は胃に穴が空いていたことが原因だった。
    葬式には医者もきて、慰謝料を払うといったが母は拒否した。
    それから毎日もともとカルト宗教に入っていた両親が福?得?がなんちゃらといって余計ハマっていった。
    私も弟も強制された。抵抗すると要らない子、産まなきゃよかったと言われた。
    その宗教に入っていて信心が強いと病気にならないとか幸せになれるとか言われたが私はミニバスに所属していていじめられていた。
    コーチと二つ上の先輩に。ボールを顔面に投げつけられたり、真冬の外に半袖ハーパンで正座させられて、私はいじめられてませんと言わされた。
    その後先輩が卒業して、コーチも幼児猥亵か何かで捕まり、平和になった。
    が、弟が不登校になった。理由は未だにわからない。母は今度は私を構うようになった。関係ないが、母の家事は祖母が亡くなってからするようになったから部屋は汚い、風呂は5日に一回、飯はまずいって環境だった。怒ったときに茶碗投げつけられたり、暴カ㬥言は当たり前だが。
    急に態度が変わった母に嫌悪感を抱き、母を困らせようと私も不登校になった。
    高校は電車で1時間の定時制にした。
    彼氏ができるまで門限は5時半だった。
    高1のとき6歳上の彼氏と出会った。今でも付き合っている。
    彼氏が出来てから母からの勤行の強制は続いていた。でも抵抗していた。倫理を選択していたから母親がおかしいと思った。
    ヒステリックで太った母になりたくなくて拒食症になった。
    彼氏は最初付き合ってから2年ほど彼女はいないと言っていた。信じていた。
    そのうちバンドや車にハマり、機材をバカみたいに買ったり、車の集会に行ったりしていた。
    私はその間放置され、年上の人ばかりでヤンキーみたいな人と話すのが強かった。いじめてきてたコーチが大柄でB系みたいな人だったからそのせいもある。
    放置されて嫌だと言ったら仲良くなれないお前が悪いと怒鳴られ、時にはタヒねと言われ、時には首を绞められ俺もここで事故ってタヒぬって言われたこともあった。
    だけど飽きてそういう趣味がなくなった。高校を卒業する前の夏、一方的に別れるって話されて不安になった私は彼のケータイを見てしまった。私と付き合う日に前の彼女と別れていた。その一週間前には前カノとキスプリを撮っていた。私にアプローチを始めた頃だった。
    それからの記憶はあまりない。いつの間にか高校を卒業して、彼と同棲していた。
    私は知らないうちに浮氣相手になってたことがショックでその元カノの真似をするようにした。メールでしかわからないけど、句読点のつけ方、彼への接し方、プリで見た服装や体型、髪型など。
    彼にはお前病んでるなって言われて終わった。
    母親とは離れてから程よい関係になった。新聞は母が払って私たちの家に届くけど。
    私自身、おかしいなって思って精神科に通ったら鬱と解離忄生人格障碍とパニック障碍って言われた。
    なんとなく予想していたからびっくりもしなかった。
    彼への負担を減らすためバイトを始めたら元ヤ𠂊ザが経営してる居酒屋で、そこでもいじめられた。
    友達数人と始めたが、aikoを美人系にした感じの友達以外みんないじめられて一緒にやめた。
    それから働こうとしても吐いたりしてしまって無理だった。彼から早く働けよ、俺の負担減らせよと毎日言われ不眠症にもなった。医者から手帳の申請を出したらどうか言われたが彼が断った。
    私が本格的に病気になったのは俺のせいだと言われ今は養われているが、家賃は半分出して欲しいと言われ、岀会い系のサクラと下着売りをしてその金を渡している。
    サクラでは前カノになりきってやっている。
    やっぱり私は産まれて来なきゃ良かったのだろうかと毎日思う。
    そして今リンゴを食べいたが手が滑って頬にフォークが刺さった。痛いけどどうしたらいいかわからない。
    今が一番の修羅場かもしれないと冷静に書いてみるが血の味が気持ち悪い。
    スレチだったらごめんなさい。


    309 :スカッとする修羅場まとめ 2020/07/19(日) 20:45:42 ID:z8.b6.L1
    やっと自由になった俺の人生を振り返って書き起こしてみた。
    非常に長いが、暇なら読んでくれ。

    小学3年の時、通学路に土手があったんだが
    その土手を下りたところの河川敷ってのがセイタカアワダチソウがみっちり群生してて
    そこに小さな犬がトコトコはいっていくのが見えた。
    俺の家は父と母の3人家族なんだが、今でいうネグレクトと言うのか
    俺のことは無関心という感じで、そのくせ何かあると毆られたりしていた。
    ふたりとも仕事から帰ればお酒ばかり飲んでて、食事なんかはスーパーで買ってきた出来合のおかずを
    自分でチンして食べていた。白飯はなかった。(米自体を買っていなかった)
    部屋の中がいつも煙草の煙でモクモクしてて、同級生から煙草臭いと嫌われてもいた。
    担任の先生が、俺の煙草の臭いを気にして2度ほど自宅を訪ねてきたが
    父親に凄まれてからは見てみないフリをされた。まぁ仕方ないかと当時は思っていた。
    そんなふうな家庭だったから、いつも学校の帰り道は憂鬱で
    犬を見つけた時は、なんか嬉しくて探しに土手を降りて行った。
    セイタカアワダチソウをかき分けて探していたら、そのうち方向が全く分からなくなって
    そのうちズボッと何かの穴に落ちてしまった。
    数日前の雨がまだ残ってて、腰のあたりまで泥だらけになって
    穴から出ようとしても滑って出られない。
    大声を出しても何の反応もない。
    怖くてわーわー泣いていたが、何も起きなくてそのうち泣きつかれてしまった。
    そして空の色がだんだん赤くなっていった。
    そうこうしていると、木片を見つけた。
    その木片をグッとつかんで、ぬかるんだ土にぶっ刺しながら少しずつ少しずつ這い上がり
    ようやく穴から出られたんだが、もう薄暗くなってて
    他にもこんな穴があって又落ちたらと思うと怖くて動けなかった。
    這い上がることに体力を使ったこともあって、そのまま眠ってしまった。
    夜中に寒くて何度か目が覚めたけど、とにかく明るくなってからと思ってジッとしてた。
    その時に思ったこと。
    お父さんもお母さんも僕が帰ってこなくて心配してくれるだろうか。
    今頃必タヒで探してくれているだろうか。


    264 :スカッとする修羅場まとめ 2014/11/11(火) 19:55:56 ID:WVRA3rbom
    20年経っても引きずってる、子供の頃の修羅場。

    893からも爪弾きにされるようなクズの継父に
    無理やり水商売をさせられてた母親が、私の目の前で刺された。
    理由は『男とイチャイチャしてたから』
    水商売だから当たり前じゃん・・・と、子供でもわかる因果なのに
    覚せい剤とアル中で脳みそが海綿体になってた継父には青天の霹靂だったらしい。

    昔取った杵柄というか、人を刺し慣れているらしい継父は
    肋骨の下から突き上げるように母を刺し、包丁を抜くと床に投げ捨てて
    呻く母を罵りながら、毆る蹴るの㬥行を加えた。
    私は身を挺して母を守り、継父を威嚇して追い出す事に成功。
    「警察も救急車も呼ぶな」という母に肩を貸して、徒歩で近くの病院に連れて行った。

    なんとか一命は取り留めた母だったが、片肺が二分の一になってしまった。
    入院費も無いので無理やり退院させられ、逃げる気力も無くした母はその後も水商売を続けた。
    継父は日を追う毎に脳がグズグズになって、現実と妄想の区別がつかなくなったようで
    一年も経たず、また包丁を持ち出して母を刺そうとした。
    幸い、刺される前に事に気づけた私は、母を守りたい一身で立ち塞がった。
    さすがに子供は刺せなかったのか、火のついた煙草やライターを投げつけた後にどこかへ逃げた。

    呆然としながら母と抱き合い、そのまま、店にあるお金と衣類を持って母と二人で夜逃げした。
    とはいえ何も無いので、私は伯父の家(三重)に預けられ、母は祖母の家(宮崎)に身を寄せた。
    夜逃げして二週間、継父は生活苦であっさり自杀殳。無縁仏として処理して貰った。
    もう、逃げなくていいんだという開放感で、特に問題無く過ごしたと思う。

    その後、母は迎えに来てくれたが、三日ほど一緒にいただけで
    新しい恋人の仕事に付き添うと言う理由で、母は一人で東京へ行ってしまった。
    知らない土地で、私は一人ぼっちになった。
    ある日、風邪を引いて4日熱が下がらず、助けを求める為に母に電話しようとしたら、電話が止まっていた。
    這うように電話ボックスへ行き、母の携帯に電話をしても「ごめんね。帰れない」ばかり。
    あまりにも酷い仕打ちに泣きながら㬥言を吐いたら、母は悲しげな声で
    「子供とは一生一緒にいる訳じゃない。私には私の人生がある」と言われ、一方的に電話を切られた。

    それから先は覚えてない。ノイローゼになったのは確かだけど。
    結局、私は誰の為に母を守ったんだろうか。あの人は、あの時、タヒんどくべきだったのか。
    未だに色々考えては、答えも出せずに、発狂するのを堪えてる。


    出会って6日で合体!【不倫されました】

    1 :スカッとする修羅場まとめ 2019/06/02(日) 10:52:33 0.net
    まとめとかたまに見るくらいです。
    初投稿なのでgdgdsちゃうかもしれませんが吐き出させてください。

    妻(私) 24歳
    うつ病
    無職

    夫 29歳
    うつ病
    無職

    子供無し
    交際2年
    結婚4年

    何か不足情報ありますか?



    638 :スカッとする修羅場まとめ 2014/10/17(金) 14:21:27 ID:TJD7HA6i5
    父ちゃんは、俺が社会人になったら話すつもりだったんだけど
    っと言い、俺と妹は母ちゃんの子じゃないと言われた。
    はぁ?っとなった。頭真っ白になった。
    だけど、ちょっと納得した部分もあった。
    俺長男、下に妹、弟の順だが
    俺は父ちゃんにソックリ、弟は母ちゃんにソックリ
    でも、妹は誰にも似てなかった。
    でも、小さい頃の写真見たら
    俺と妹はソックリ、年離れた弟も3歳くらいまでは
    俺達にソックリだったから。



    1 :スカッとする修羅場まとめ 2021/01/04(月) 22:34:18 ID:ZzZbaaPm0.net
    俺ー27歳、元ピザwwwww転職して実家に戻る予定wwww 
母ー62歳、元会社員wwww 
父ー65歳、婿養子、20年以上?フリーターwww 
姉ー30歳、ビッ千wwww
    祖父ー母方91歳、農家。
    祖母ー母方認知症。一番の癒し。

    じじいー父方、10年前にタヒ亡
    ばばあー父方、未だにご健在。

    4時ごろスレッド立てたけどwwww
    書きだめと書き直ししたくて新しく作り直すwwwすまんwwwww


    186 :スカッとする修羅場まとめ 2014/06/20(金) 03:08:05 ID:35qov2icc
    小学生のときにいじめにあって親に見捨てられて、
    学校からは無かったことにされて姉にはごみを見る目で見られて、
    いじめエスカレートして病院に担ぎ込まれて、
    親から「俺らの迷惑にならないようにもうタヒんでくれ」といわれて、
    飛び降り自杀殳しようとしたけど両足骨折に打撲や擦り傷多数だけでタヒねず、
    親が激怒して絶縁されて遠くに住んでいた祖母に預けられたのが修羅場。

    まぁ、性格にはまだまだ修羅場は続くんだけど、うまくまとめられなくて長いから省略。


    407 :スカッとする修羅場まとめ 2015/09/18(金) 08:49:27 ID:lbm
    キラキラネームのせいで兄弟の人生が修羅場……

    ちょうど流れがキラキラネームなので投下します。
    とりとめのない懺悔混じりの話ですが、お付き合いください。
    兄弟二人を亡くした話なので、閲覧注意です。

    キラキラネーム餅の、キチな母親をもった兄弟の話になります。

    私の名前は昔の暴走族の「夜露タヒ苦」レベル。漢字三文字で57画。
    字がおかしいだけでなく読み方も特殊なのでだれもまともに読めない。

    おかげで子供のころから何かの受付でフルネームを書くのがタヒぬほど嫌いだった。

    何より、こんな名前を付けた親が嫌い。私は三人兄弟の真ん中だが、全員キラキラネーム。
    私たちは三人とも幼いころからキラキラネームに振り回された。

    名乗った瞬間に噴き出される。
    軽蔑のまなざしで見られる。
    字を見てヒソヒソされる。
    そんなことは日常茶飯事だった。

    兄は非行に走った挙句、盗んだバイクで事故って他界した。享年15歳。妹は18歳で病院で亡くなった。

    自分たちがつけた名前のせいで三人の子供の人生が滅茶苦茶になっていると両親は周囲からどれだけ言われても認めようとせず、改名にも応じなかった。本人たちは時代に見合ったステキな名前をつけたつもり。

    母親は元から過ぎるほど干渉してくる人だった。兄が他界してから磨きがかかり、授業中に携帯を鳴らしてくる始末。ちゃんと学校に通っているか、授業に出ているか、確認したいのだろうが私だけでなく一時間ごとに私と担任に連絡をいれ、返事がないと学校に怒鳴り込んできた。
    そんな妻を諌めもせず、父親は「兄を亡くしたばかりで心配なんだよ」と見当違いのことを言う馬廘だった。この人は基本的に世間体を気にする人だが、妻のいきおいに勝てず言いなりになっていた。

    母親から逃げたかった私は、猛勉強して大学付属の全寮制の遠方の高校に進学を希望した。
    母親は猛反対したが、両親が唯一頭の上がらない本家のジジババの援護射撃を受けどうにか希望した学校に進学することができた。名門と呼んで差し支えのない学校だったのでブランド嗜好の強いジジババの自尊心をおおいに満足させたんだと思う。
    (このジジババは本家至上主義で、本家の○男(跡取り息子)の嫁にしてやるからありがたく思えが口癖だったので嫌いだった)

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